2007.11/05(Mon)

結婚願望 

家の本棚を整理していたら、2冊出てきた本。

2冊とも過去に友人が貸してくれた本です。
わたしは、結婚願望がないわけでもなく、あるわけでもないのだけど、友人はなぜこの本を貸してくれたんでしょう。

仕事や趣味で、センスを認められたり、容姿を褒められたりという場面はあっても、それは「能力」の肯定であって、あなたただひとりを、自分の人生を共に歩く人間として選びました、という「人格」が肯定される瞬間というのは、「結婚」という形で、わかりやすく得られる、というようなことが書いてありました(たしか)。なるほどそういう考え方もあるわね、と思いつつ、結局は結婚してみないとわからないことだから、それ以上考えようもないのが正直な感想。

結婚願望がものすごくある人は、おもしろく読めるかもしれません。結婚への期待のようなものは薄れるかも知れないけど、その点は大丈夫です。作者の山本文緒はこの本を書いた後、再婚しましたから。

エッセイと小説という違いはあるけど、山本文緒ならわたしは『絶対泣かない』、『ブルーもしくはブルー』(いずれも角川文庫)のほうがよかったです。

結婚願望

山本文緒『結婚願望』角川文庫 2003
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2007.02/07(Wed)

本を読むということ 

以前、絵本や児童書に関連する仕事をしていたことがあり、そのときのくせで、書店に行くと、絵本や児童書に目がいくようになっている。仕事というのは怖いもので、知らず知らずのうちに絵本作家や挿絵画家の名前も覚えてしまった。どんな絵本がベストセラーで、どんな絵本が何歳向けには人気があって、どんな絵本がシリーズ化されてて、あの絵本の作者とこっちの絵本の作者は同じ人で、あの本は読み聞かせにはいいらしい、など、この仕事につかなかったら知ることもなかったかも、と思うようなことをいつの間にか知っていることに気づいた。(その筋の専門家の人には到底及ぶような知識じゃないですが。)

さて、今度は絵本や児童書よりちょっと大人向けの本について読みあさらなくてはいけなくなった。あわせて夏目漱石、森鴎外をはじめとした文豪の作品も網羅的に読み直すことになる。もしかしたら、今昔物語集とか宇治拾遺物語とか、論語とかの古典まで読まなくてはならないかも……。

ついこの間まで、1ページに文字が1字もない絵本やあってもせいぜい全ページで800字ほどの絵本ばかりを目にしていたこともあり、ページいっぱいに文字が連ねてある全集でしかも、明治期の独特の漢字いっぱいなのを、さらさらすらすら読めなくなっている。さらに古文、漢文。これも慣れればどうにかなるのだろうか。

本は、なんというか好きなときに好きなジャンルのものを好きなだけ読むのが好きなので、読まざるを得ないみたいなのは苦手です。
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2006.10/07(Sat)

読者カードの存在 

読者カードを書いたことがありますか?

このあいだ、はじめて読者カードについて真面目に考えました。真面目に考えて、あ、わたし、読者カードなんてしおり代わりにしか使ってなかった。読者カードなんて、生まれてこのかた投函したことないや、と思ったんです。

いったい、どのくらいの人が、読者カードを利用しているんでしょうか。ちょうど本の販売を担当しているという知り合いの方とお話する機会があり、聞いてみたところ、1500分の10くらいの意見が寄せられる程度です、などと冷たいことを言われました。1500部出荷して、10通くらいが編集部に戻ってくるということらしいです。

例えば、本当に感動した本があったとして、例えば、本当にためになったなぁ、と思った本があるとして、もっと言えば、ほんとうにすばらしい企画だと思った本があったとして、みなさんは、読者カードにその感想をそのまま書きますか? わたしは小学生の読書感想文程度のことなら書かないです。もっと斬新なアイディアなり、意見なり、批判なりがあれば話は別ですが、やっぱり実際「書いて」「投函する」という行動に至るまではおおくの壁があるように思うのです。

むしろ、ネットで投票! などのほうが手軽な気もします。……などと筆無精なわたしは思うわけです。そもそもしおり代わりに使うなどという不届きなことをしてはいけないのかもしれませんね。出版社のみなさんすみません。

とはいえ、読者カードで意見を伝えるということは、出版社の意気込みや編集者のやる気や、実作者のモチベーションを高める上で大事なことなのでしょうね。
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2006.09/11(Mon)

コンコルド錯誤 

ひとつのプロジェクトに費やしている時間が膨大になってくると、ひくにひけなくなってくる。
もうすでにコンコルド錯誤(コンコルドの誤り)だ。
2日間、超長時間会議に出席していて、思ったこと。

やっている途中で、採算性があわないことに気づいても、それまでに投資した金額や時間、工程などを惜しんで開発しつづけてしまう。そうすると、損失がより大きくなる。超音速旅客機コンコルドの開発に絡めて「コンコルド錯誤」というようだ。動物行動生態学でも使われることばとのこと(オスがメスを獲得するためにどんなに投資をしても、それ以上無駄だと判断したら、さっさと新しい投資へ方針転換するらしい。つまり、コンコルド錯誤はない)。人間の大人たちは、下手に頭を使うから、動物のようにはいかないんでしょうね。

コンコルドの誤りについては、次の本に詳しく書かれています。

長谷川眞理子『科学の目 科学のこころ』岩波新書 1999
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*この記事は、「好きな本」について書いたわけではないので、「雑感」の書庫に入れます。
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2006.08/19(Sat)

あなたも? コタエマチ。 

会社で上司と打ち合わせをしたときに、いきなり「あなたは何マチですか?」と問われた! え。わたしが『ドラママチ』読んでるって知らないよね? あなたも読んでるの? などと頭の中がやや混乱しました。
で、何マチって答えるのがよいの? こういうとき、他の人はなんて答えるんだろう。
わたしはね、心の中では「本日の終業マチです。」なんだけど、言えないよね、さすがに。
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